2016/09/26

EIGHT DAYS A WEEK

なんか最近やたらと、ビートルズの映画を見たかと聞いてくる人が多く、いまさらビートルズでもないやろと思っていたら、ぜひ見るべきだとのたまうお方が増えている。ビートルズフリークの僕がまだ見ていないのはおかしいとまでおっしゃる。でもこの映画この間封切ったばかりでしょ?未公開の映像が満載と言われているが、厳密にいえばそれほど見新しいフィルムがあるわけでもないけれど、そこはあのアメグラのロン・ハワード(その時は俳優さんですが)の編集能力の高さが出て「ええ」らしい。
もう最近は映画館に入る術も知らんようになって(いつも子供と一緒やから)。一人ではよう入らんことに。最近は全席指定席で、はよいってええ席とるという概念がお若い方に通じない。
そういえば「ビートルズがやってくる ヤアヤアヤア」を上六まで見に行ったのが1964年の9月だった。まず立って見た。今では考えられない。52年もたっている。動く姿を見たのはその時が初めてだった。「恋する二人」のジョン・レノンはほんまに恰好よかった。
should have 過去分詞 の構文はこれで覚えた。
いまはすぐユーチューブなんかですぐ見れるし時代はドンドン変わっていると実感しつつ、それでもビートルズは不滅というところですか。
ネットで予告を見たらニュース形式の白黒画像はドキドキします。
EIGHT DAYS A WEEKときたら、どうしても五月みどりを思い出してしまう。
一週間に十日来い・・・・できるわけがない。
英国人も日本人も同じ発想???

2016/09/20

SUPER SESSION

ポップスというか洋楽のグループのメンバーのうちの演奏力の高い連中が次第にミュージシャンという扱いになっていったのは、多分このレコードが出た頃からと思う。早い話が上手い奴だけが生き残っていったということ。ヤードバーズからはクラプトンとジェフ・ベックとジミー・ペイジの3人がゼムからはヴァン・モリソンがスペンサー・デイビス・グループからはスティーブ・ウィンウッドというようにね。別の見方をすれば、ずっとグループ名で活躍できたのはある意味すごいことだと思う。個人個人がすごかったわけですな。ビートルズとかストーンズとか。
このその名も「スーパーセッション」というアルバムが出たとき、一体何?と思った。誰も知らんもん。雑誌の評価は結構高く、時代の変わり目が来ていたわけです。
マイケル・ブルームフィールドはポール・バタフィールドのバンドにいたギタリストでアル・クーパーはブラッド・スエット・ティアーズにいたマルチタレント。この時点で僕はまったく知らなかった。後で調べたから知っているだけ。
ステファン・スティルスだけちょっと知っていた、ヒット曲を出していたバンドにいたから。
どう考えてもLPレコード1枚出せるくらいの知名度がなく、シングルカットできるくらいのヒット曲候補もなく、当時の僕の感覚では、僕のフィールド(要はヒット曲中心のポップス)のレコードではないように思えた。

2016/09/17

こち亀

 
「こち亀」が完結するということで話題になっている。初めから今までずっと毎週読んだ人は何人いるのだろう??40年間、中学から読んでも52~55歳。
僕は始まった時は読んでました(サラリーマンでしたが)。「山止たつひこ」だったかな。こんな名前使っていいのかなと思いながら・・・・、初めはもっと過激だった。絵も今の様な両さんでなかったし。名前から「がきデカ」と比較して読んでた気もする。ハチャメチャな警官だった。ただ結構はやく絵はこなれてくる。
僕は多分、50巻くらいまで実家においてあると思う。4年に1度目が覚める霊感能力のある警官とか。
ネットで今の出演者を見たら知らない顔ぶれが増えていて面食らっている。中川と麗子と大原部長は不動ですが。
アップしたのは、バイクに乗っていた「本口リカ」という娘で今も覚えている。イタリアのモトグッチから来てましたね。この漫画がどういう層に受けたのかはわからないけれど、僕はこの作家の実にマニアックなところ、こんなこと書いても読んでいる中学生や高校生にはわからんやろ・・・という奥の深いのが多かった。それと下町の人情ですか。仕事で松戸に行っていたとき、亀有で降りたこともある。当時はまだ街をあげての動きはなかった。
特に今でも覚えているのは、両さんにフィギアを見せているマニアのおっさんで、両さんが「これは誰だ?」と聞いたら、ゴルゴ13の「ラオスのけし」というエピソードに出てくるバーテンダーです・・というセリフがある。当時僕は両方読んでいたから、実に楽しかった。(意外と覚えている奴が多い)。
200巻まで揃えますかね。年とったから1日に10冊読めるかな。それでも20日。10万超える!!

2016/09/10

BADFINGER

前回、アップルレコードのことを書いたら自ずからこのバッドフィンガーのことが思い出されてきた。いわゆる悲運のバンドという言葉が相応しいのかよくわからないけれど・・・やっぱり可哀想なバンドです。メンバーのうち2人(右上のピート、左下のトム)が首つり自殺。
ビートルズの弟分、アップルレコードの秘蔵っ子・・・・飛ぶ鳥落とす勢い・・のはず。
なかなか実態は大変だったみたいで。
今から考えたら(当時もそう思っていたんですが)、結構地味なバンドだったのですね。あんまりスター性がなく、サウンドも当時ではちょっと古くなりつつあった(ポップス路線)。だからサウンド的にもビートルズの弟分と言われたのかなと思っている。3分から4分のヒット曲を狙う。一時パワーポップとも言われたけれど、ハードロック路線と昔のポップスの融合というところかな。
でも、ここにアップした4曲はすごいです。「明日の嵐」は好きですね。今でもよく聞く。
それに、「ウイズアウト・ユー」・・ニルソンが歌って全米1位(この印税がピートに入らなかったのが悲劇の始まり?)
「嵐の恋」と「デイ・アフター・デイ」は彼らのアメリカチャートインのヒット曲。
右下のジョーイ・モーランドだけが生存。

2016/09/09

Apple Records

こういうのがあります。ビートルズが作ったレコード会社から出したアーティストのレコードをまとめたもの。当然メアリー・ホプキンからアイヴィーズ(バッドフィンガー)、ジャッキー・ロマックスさらにあのジェイムス・テイラー・・・・さらにさらにMJQ(なんでここから出したのか)、そんであのラヴィ・シャンカール・・・まだまだ続く。CD17枚、3万円くらいする。前から欲しかったんで買ってしまいました。

2016/09/07

GENE RASKIN

メアリー・ホプキンの「悲しき天使」について記憶をたどって、手元にある残骸(昔、本気で音楽評論で飯を食うつもりでいた頃に、今では役に立たない雑誌類が山のようにある)を調べていたら、1968年の8月発売(俺が高3)でビートルズが設立したアップルレコードのシングル第一弾として華々しくデビュー、世界中で1位を記録。でもレコードの番号は「APPLE 2」なんですよね。1は何処に?
アップしたのは、原作者と言われている「GENE RASKIN」という人で本人も録音しているという話ですが、ユーチューブでは見当たらない。
原作者と言われているというのは、もともとロシアの民謡らしく、厳密にいえば原作者は不詳、ただ今我々が聞いているものは、この人の構成によるものらしい。
ただ素朴な民謡を、アレンジ一本で世界中で大ヒットさせたポール・マッカトニーの才能はやはり驚くべきものがある。

2016/09/06

メアリー・ホプキン

このレコードがヒットしたのは何時か?もう記憶が怪しい。1967年か1968年のはず。アップルレコードを出した時ですから。
確か秋のはず。えっちらおっちら自転車のペダルをこいでレコード屋に向かいましたから。
このころ、1枚のシングルを買いに行くのにもなんか明るい希望があったね。
突然、こんな女の子が現れて1位を獲得していく。さすがはビートルズの御威光・・・。
威光だけでなくいい歌でよく聞きました。
今から考えたらこのメアリー・ホプキンは、本質的にはいわゆるブリティッシュ・トラッドというか、ペンタングルとかフエアポート・コンベンション系の人だったのですね。
そのころはそういう知識もないので可愛い歌姫と思ってました。
ですから段々ビートルズというかポールの路線とたもとを分かつ時期が来て、「ポストカード」の次のレコード「地球・・・」とかいうのは彼女の自分の世界が出てます。
1970年の大阪万博に来ました。可愛かったですね。そういう観点はあかんのだと思いつつ。可愛かったですわ。

2016/09/03

今は昔

昨日、ふと石山駅前の風景でいつもと違うと思ったのが、いつも見えていた「ばんど旅館」が取り壊されて無くなっていた。調べたら7月に取り壊されたらしく、今まで気がつかないというのも段々ぼけてきている証拠かなと再認識。
もう「あさま山荘事件」って言っても誰も知らない世の中になりつつありますが、あの周りは警察関係の人がいつも見張っていると言われて、そのつもりで見渡したらそんな雰囲気の人がいるように思えて不思議な体験ができる場所でした。
今から考えたら不思議な時代だった。つくづく人間ていうのは不思議な生き物だと思う。
【後記】
当時、僕自身は何を考えていたのかと自問自答すれば、やっぱりちょっとついていけないという考えだった。
人間の動きってそう簡単でないとずっと思ってたから。
なんというかな、当時、僕の周りにはそういう連中がいっぱいいたけれど、活動している人間に魅力をあんまり感じなかった。

当時「マルクス経済学」と「マルクス主義経済学」というのがあって、後者の先生は学問というより宗教に近かった。「革命は絶対起こる。歴史の必然・・」と信じていらっしゃいました。
僕は後者の色の強い学校に行ってしまったので、講義を受ける都度、正直この先生たち大丈夫?という感じが増してきて、学生運動にも嫌気がさしてしまったのもある。

ただね、命かけて、さらに自分の父親に自殺させて、そういう燃えるものがあった時代があった事実だけは改めて認識しておきたいと思ってます。
坂東國男のお父さんに改めて合掌。
もう一言いえば、親に自殺させるなよ。金閣寺に火をつけた坊さんの親もそうだった。
なんか何とも言えないものを感じてしまう。

強姦罪を問われている息子について記者会見している可哀想な母親の女優さんにも通じる。
親をつらい目にあわせたらあかんやろ。