2009/08/31

gabriela szabo(2)

この間の中国の馬軍団をパスしたら、多分この人が一番速かったのではないかといわれているルーマニアのサボー選手。(写真の左・・髪の毛が逆立ってます)日本にも何回か来ております。金髪のきれいな美人選手で人気がありましたが、なんというか時々見せる内に秘められている「キツさ」が、「絶対!このお姉さんほんまはこわいねんやわ」という確信を抱かせるほどその瞬発力は見事なものでした。

2009/08/28

王軍霞

1996年のアトランタオリンピックで金メダルを取った時の晴れ姿。今でも3000mと10000mの世界記録を持っている。いわゆる馬軍団のエリートであります。あと1500mに別の馬軍団の女性の名前が残っている。忽然と現れて短期間で去っていきました。馬軍団の秘伝の薬草ジュースがドーピングにひっかかるとか色んな噂がありましたが検証されることなく世界記録として残っております。

2009/08/26

richard douglas fosbury

珍しく男性の写真です。走り高跳びってみんなこの「背面跳び」で跳びますが、昔はこんな跳び方はなかった。ベリーロールとかいう正面から跳ぶ方法ばかりだった。ところが突然この「フォズベリー」という当時大学生だったアメリカ人がこの背中から跳ぶ跳躍方法を考案して、メキシコオリンピック(1968)に出てくる。このフォズベリーだけが背面跳びであとは正面から跳ぶ方法である。結果はフォズベリーが金メダル。1972のミュンヘンではほとんどの選手ががフォズベリーの背面跳びになっていた。
メキシコオリンピックで見たときは驚いた。こういう事実を目撃するのはとても楽しいと思う。もう圧倒的な優位性があったのだろう。今や走り高跳びといえば背面跳び以外見ることができないですから。
僕はこういう功労者には永遠に名前が残って欲しい性質なんで、背面跳びというよりフォズベリー・ジャンプ(アメリカではフォズベリー・フロップ)という名前で呼んで欲しいなといつも思っている。
残念ながらメキシコ・オリンピックの写真は見つけられませんでした。

ulrike meyfarth

走り高跳びとドイツで思い出したのがこの人、マイフェルトです。1972年のミュンヘンオリンピックで16歳で金メダルを取りました。彗星のように現れてびっくりしました。その後例のボイコットや彼女自身の故障もあってなかなかひのき舞台に出てこなかったのですが、1984年のロスオリンピックで見事金メダルを獲得してます。

2009/08/25

ariane friedrich

今回の世界陸上で颯爽とデビューしたといえるのは、この人ではなかったかと思う。走り高跳びのフリードリッヒ。この間まであんまり知られていなかった。パスして寝転んでいる姿がイシンバエワを髣髴とさせるものがあって絵になるスターの登場だと思った。

2009/08/24

allyson felix

先ほど世界陸上ベルリン大会が終わりました。やり投げで日本人がメダルを取るなんて想像もしたことのない快挙が起こった。
昔、溝口なんとかという選手が世界記録に迫る日本記録を持っていて(というか今もこの人が日本記録保持者だと思う)、世界陸上に出る度に応援するのだが、なかなかその大きな試合で結果を出せずに終わってしまった。だから今回みたいなことは信じられないような気がする。大きな大会で実力どおりの結果を出すということは実に難しいことだと思う。今回の大会は日本の投てき陣に大きな力を与えたと思う。
で、写真は男では面白くないから200mのアリソン・フェリックス嬢に出場願いました。人の顔には本当の姿は分からないけれど、「賢そうな顔」と言うのがある。大阪では「まあ、賢そうなお顔をして・・・」という感じである。僕はいつもアリソン・フェリックスを見るとこの人賢そうと思ってしまう。

2009/08/22

santhi soundarajan

この人はsanthi soundarajanさんといって2006年の第15回アジア大会(ドーハ)で女子800m競争で銀メダルを獲得したはずだったお方である。ところが例の性別チェックで女性ではない(では男か?という断定はされていないみたい)ということで銀メダルを剥奪された可哀想な人である。
で、この性別チェックであるが、大会の前に全員にしておくとか、陸連(各国にあるだろう)に登録する時に受けておく(途中で変わることはないだろう)とか、もっと悲劇が起こらない前にとるべき方法があるように思う。ただどうもこの検査なかなかすぐ結論が出ないみたいで、ぶっちゃけた話、性器を見ても断定できないそうである・・・もうこうなったらよう分からん世界である。
しかも、いまはクレームが出たら(あいつはおかしい・・というクレーム)おこなうという極めて不条理なルールであるようで、今行われている世界陸上の例の南アフリカの選手も他の国の選手とかコーチのルール上認められている「タレこみ?」によって行われるということらしい。
話しを戻してこのsanthi soundarajanさんであるがその後の動向の話は日本語ではなかなか見つからない。英語のWEB上では自殺未遂みたいな記事と、そのあと気を取り直して陸上のコーチとして頑張っておられるような記事があるので、ぜひ気を強くもって生き抜いて欲しいと思う。

2009/08/20

caster semenya

今回の世界陸上(ベルリン大会)の800mの優勝者、caster semenyaさんである。1分55秒45堂々の記録で優勝・・・ですが、またここで性別の疑惑の記事が出ている。何回か前に1964の東京オリンピックのポーランドの選手のことをかいたけれど、勝ってから検査するというのも変な気がします。初めから全員しておけばいいと思うのですけど。
こんなはなし、何年か前にもあったような調べてみます。

2009/08/19

sanya richards

今回の世界陸上の400mでようやくサンヤ・リチャーズが勝った。49秒フラット。僕は多分今はこの人が一番速いのだろうと思っている。自己ベストが48秒70である。世界記録はいつも出てくる東ドイツのマリタ・コッホの47秒60で1985年6月10日に樹立されている(実に24年前)。1秒10の差というのはいざ距離にしてみるとえらい差になる。

2009/08/16

yelena isinbaeva

世界陸上が始まってしまった。しばらくは過去の選手の回顧はやめて現役の選手を見よう。ということで予選を見ていてもなかなか飛ばないイシンバエワ選手。東京オリンピックの頃の男の記録を超えようとしております。

2009/08/15

ewa klobukowska

ドーピングの問題で思い出したのが、この写真の一番右の人ポーランドの100mのアスリートの「クロブコフスカ」さん。この写真は1964年の東京オリンピックの時の表彰台のときで3位の銅メダルである。100m×4では優勝していてその時のアンカーの力走はほんまに凄かった。ユーチューブで見ることが出来ます。その後、「ドーピング検査」ではないが「染色体の検査」とかで、要は「女ではない」と診断された。それで当時の僕らは「女ではなかったんや、やっぱりな・・」とかいう実にいい加減な会話をしていたものである。ところが、またその後、その検査は間違いだったとして権利が復活した。復権するまでの彼女の苦しみは想像しがたいが、こういう検査が簡単に覆るというのは甚だ問題があるように思う。こんなことを考えていたら、ひょっとしたら白人と黄色人種と黒人が駆けっこするのはチーターとライオンと虎と競争させているのと同じなのかもしれないなあと思ったりする。

2009/08/14

heike drechsler(3)

ドレクスラーの東ドイツの時代の写真。白黒なのがかえって時代をしのばせる。一番に気がつくのが「わきの毛」(というか最近はむだ毛?)である。昔、共産主義国家のスポーツアスリートの女性はわきの毛を剃っているのは「資本主義」に汚染されているからであるとかなんとかの理由で自然のままでおられて、勝利の後は堂々ともろ手を上げて万歳をしていたように思う。ところが最近ではこんな姿は記憶になくなってしまった。全ての国が資本主義に汚染されてしまったのである。
しかしながら、記憶をたどれば昭和の30年代の女性はわきの毛の処理なんかしていなかったように思う。というのはよく乗っていたバスの車掌(当時は女性が多い)さんの半袖の袖のすき間から見え隠れする姿にドキドキした記憶があるから。ということでこれは主義主張ではなく、社会が豊かになればどこもかしこもそうなっていくのではないかと極めて大胆な仮説を立ててみる。
しまいに男も剃りだして、オリンピックの男子体操なんかつるつるになってしまうと気持ち悪いなあ・・・と思うのは僕だけであろうか??

2009/08/13

jarmila kratochvilova(2)

前述のヤルミラ・クラトフビロバの一番有名な写真はこれらしい。もうこれがドーピングの証拠だと言っている人も大勢いる。ジョイナーと双璧だと言われればまあそうだと思ってしまうような立派なお体です。 日本の陸上ファンの目に留まることが可能だったのはモスクワ五輪の400mで銀メダルを獲得しております。金メダルはあのマリタ・コッホ(今も世界記録を持っている)です。多分この時しかテレビでお顔を見れなかったかも・・・と思って調べてみたら、第1回の世界陸上で400mと800mで金メダルを獲得してます。1983年ですね。僕はこの時それほど一生懸命見ていなかったので悔やまれます。女子の槍投げのフィンランドの女の子(金メダル獲得)しか記憶に残ってません。これほどメジャーになるか当時は半信半疑だったですから。

jarmila kratochvílová

この人はヤルミラ・クラトフビロバといってチェコスロバキアの中距離ランナーです。今も800メートルの世界記録を持っています。1983年樹立、以来26年間破られず。そんな記録が多いなあと思って、陸上の世界記録の樹立された年を調べたら、1980年台から95年あたりまでの記録が多く、アメリカのジョイナーを除いてソビエト、東欧共産圏、そして中国の選手が圧倒的でしかも女性が多い。
それでドーピングの話とかいろいろと噂が絶えないのですけど。もう一つ個人的にこの辺りの選手の記憶が少ないのは何故かと考えたら、1980年のモスクワ五輪はアメリカ(日本も)が不参加。で1984年のロス五輪はソビエトおよび東ドイツが不参加ということで、この時代の選手を見るチャンスが少なかった。モスクワ五輪は見たけれど放送も限られていたように思う。今から考えたら残念です。見てみたかったように思う。やはり世界記録を目撃するってワクワクしますから。

heike drechsler(2)

ソウルオリンピックでは、100m、200m、走り幅跳びでメダルを獲得(金はなし)この時すごく印象に残っていた。確か200mでは世界記録を持っていたことがあり、それを例のフローレンス・ジョイナーに破られて、破られた直後のレースがこのソウル・オリンピックだったはずです。まあ前世界記録保持者と現世界記録保持者との対決ということですね。結果はジョイナーが圧倒的な強さと新たに世界新を樹立して完勝、ドレクスラーは3位でした。ジョイナーの記録は当分破られないだろうといういわゆるグレー記録に属することになります。

2009/08/11

heike drechsler

東ドイツ出身のアスリートを思い出していたら次から次に出てくる。この人は短距離と走り幅跳びに大活躍したドレクスラーさん。ソウルオリンピックからこの間まで息の長い選手生活を送った。こう考えたらクラッベなんかはドーピングに関して文句言ったために出場停止期間が延長されて、それがもう引退の引き金になり可愛そうだったように思う。何でも世の中は短気は損気なのかなあ。

2009/08/10

katrin krabbe

東ドイツのアスリート(圧倒的に女子が多い)を思い出していたら、この人(カトリン・クラッベ)を思い出した。1991年の世界陸上(東京)で100mと200mに勝った人である。youtubeでその時の力走を見ることが出来ます。なかなかの美人で人気が高まりましたが、例のドーピング疑惑にひっかかり出場停止(2年間ぐらいだったはず)をくらい、そのまま消えていった感じです。1992年のバルセロナの最有力候補だったですけれども。

2009/08/09

kristin otto(3)

昨日の写真は100m背泳でした。自由形とバタフライを制するのはよくあるけれど。自由形とバタフライと背泳の3種目を制するのは珍しい。全部金メダル。当時、なんかすごい女やなあと思った。ほとんど他が相手にならなかったから。とにかく東ドイツの選手はオリンピックが終わったらとたんに情報が遮断されるという印象があって、4年後にお目にかかれるかは神のみぞ知るの状況でした。オットーはこの後引退していて1992のバルセロナには出ていない・・というか、1992は東ドイツはあったのかな??

2009/08/08

kristin otto(2)

ソウルオリンピックの時のオットー選手・・・自由形とバタフライの選手だとばかり思っていましたけど・・これは個人メドレーでしょうか?あの頃の水着の方が華やかですね。

2009/08/07

karin janz

東ドイツの選手のことを思い出していたら体操の「カリン・ヤンツ」を思い出した。賢そうな美人というイメージがあった。ドイツ語が分からないので現在どうされているのかがはっきりと読取れないのですけど、なんかドイツ統一までは政府の要職についていたような雰囲気がありますね。多分、まあスポーツ医学の分野の感じです。

2009/08/06

oohara reiko

大原麗子さんの訃報が流れた。残念である。映画も見たことがないし、テレビドラマも見たことがない。しかし、写真だけでこれほど引き込まれる美人はいなかった。それに声・・・なんともいえない魅力的な声でした・・・サントリー・レッドのCM・・よく飲みました。
ご冥福を祈ります。

kristin otto

エンダーまで来たらこの人も出さないとなあ・・と、昔ショランダーとかスピッツとかビオンディとか1人で一つのオリンピック大会で数個の今メダルを獲得した人はみんな男でしたけど。1988年のソウル大会で1人で6個の金メダルをとったのがこの人「クリスティン・オットー」です。1m85cmくらいある大柄のひとでなかなかの美人でした。何個もの金メダルを獲得しようとしたらリレーで金をとらないと無理なので、そういう意味では東ドイツの女子というのは有利だったと思います。ドイツ統一後、スポーツキャスターとして活躍されているとのことです。

2009/08/05

kornelia ender

この人がコルネリア・エンダー(ちゃんと調べるまでコルネリアス・エンダーとばかり思っておりました。お詫びとともに修正します)確かに上半身はすごく発達していますね。これがドーピングのせいなのかどうかは今となっては分かりませんけど。見方を変えたら、東ドイツを初めとする東ヨーロッパの共産圏国家はずっとなにかややこしさが付きまとっていたような・・・。まあ情報がほとんどないところにオリンピックの時だけ実物が突然現れるわけですから、それがある意味では楽しみとも言えたのですけども・・。よく見たらまだあどけない顔してるし、それぞれお国の事情に翻弄される個人がいるということでしょう。

2009/08/04

shane gould

昨日ババショフが銀メダルばっかりで、それを阻止したのが東ドイツ勢だと書いて、記憶が正しかったかどうか調べてみたら、どうもコルネリアス・エンダーを筆頭とする東ドイツ勢によって阻止されたのが1976年のモントリオール大会で、1972年のミュンヘン大会ではこのオーストラリアの天才少女シェーン・グールドに阻止されたというのが正しい表現のようである。このとき16歳。オーストラリアには今までもコンラッズ、マレー・ローズを筆頭にこのシェーン・グールド、イアン・ソープ ととてつもない天才が出てくる土壌があるようである。

2009/08/02

shirley babashoff

今ローマで世界水泳をやってます。2年に一度の開催になっているので、大抵のスーパースターはテレビで見ることが可能である。昔はオリンピックだけだったので、一度も見ることがない幻のスーパースイマーがいたように思う。今回アップしたのは「shirley babashoff」さんといって決して幻のスイマーでないけれど、ドーピングやりまくりの東ドイツ勢のために銀メダルばかり集めてしまった有名なアメリカのトップ・スイマーです。ミュンヘン(1972)とモントリオール(1976)の時代です。
これを書きながら思ったんですけど、その当時の東ドイツの記録はもう完全にドーピングなしの選手によって塗り替えられております。ただ陸上の記録は今でもかなり残っていて、多分ドーピングなしでは更新不可能といわれているものもあります。ドーピングというのはどうも水泳にはそれほど効果がなかったのかなと思った次第です。でもこの頃の水着はいいですね。今のは皆黒っぽい色ばかりで味気ない。アメリカは青・赤・白に星マーク・・楽しいですね。別に黒っぽいのが速いというわけではあるまいにもう少しカラフルにならないものかと思いました。