2017/12/13

ケネディ暗殺

実家から持って帰ってきた本はほとんどビートルズを中心とした音楽関係のものが多いのだけれど、こんなものも大事にとってあった。
思い起こせばこの事件辺りから世界の動きに興味が出たように思う。
翌年の東京オリンピックのための衛星放送のテストだったように記憶している。
当時はキューバの問題も知らなかったし、カストロも、もちろんゲバラも知らない。
興味を覚えたのはオズワルドがすぐ暗殺されてしまって、そのオズワルドは日本にいたことがあるなど、周りの友達との雑談のなかに、アメリカを中心とする資本主義経済諸国とソ連(懐かしい)を中心とする共産主義経済諸国との対立を初めて知ったように思う。
オリンピックも国連もなんでもこの2大陣営の争いで済んだように思えて、今から考えたらわかりやすい構図だったように思える。
007もゴルゴ13も、要はこの構図の上に成り立っていた。

2017/12/10

ニューシネマ

実家から持って帰ってきた本の中に結構映画関係の本も多く、特にニューシネマ時代の特集の雑誌や単行本があった。
誰が名付けたのか忘れましたが「ニューシネマ」の先駆けとなった「俺達に明日はない」がやっぱり衝撃的なデビューだったと思う。それまでのハリウッド映画と一線を画していた。
どう違うのかは、色々と書かれてあるけれど。
僕はこの映画をどこで見たのかな???
多分大学生になってから見たから、1967年の作品を1970年になって見たことになる。1970年になって、1968年、1969年のニューシネマと言われるものを毎日のように見ていたこともある。
持って帰ってきた「70年代アメリカン・シネマ103」という本が面白く懐かしがって読み、また持っているDVDを見て、年寄があの時代ってどうだったの??と総括しようとしても老いぼれてきた頭ではうまくいきそうもない。
この映画、ジーン・ハックマンやフェイ・ダナウェイの出世作となったけれど、この写真を見ていると、後に大スターになるなんて思っていない時期なので、瑞々しさを感じてしまう。

2017/12/09

昔の思い出

この家が出来たのは昭和34年の5月で、58年間の寿命だった。住めばもっと長く使えたのだろうと思いますが、父親が亡くなって空き家になって17年経過しているので傷みも結構出ている。
昭和34年に引っ越してきたときは周りは田んぼでカエルの鳴き声が合唱のように聞こえた。
僕が通うことになった茨木の春日小学校というところは、当時基本的にサラリーマンの子供が少なく農業に従事している親の子供が多かったように思う。
そうしているうちに「東レ」のアパートが出来、さらに「三和銀行」のアパートが出来、そこに住むようになった子供がわんさかと転校してくるようになった。
その時思ったのは、大抵勉強がよくできるということだった。
子供心になんでだろうと思ったものである。
まあ親が教育に熱心だったということになるのですが。当時は不思議な気がした。

2017/12/08

思い出の棚

この棚にレコードと本が並べられていたわけで、実際はここだけで収まりきらず下にも(ここは2階)同じような棚があった。
入れる場所があれば、いっぱいになるまで物を買ってしまうのが悪い癖で、それが今回のえらい作業につながってしまった。
正直、もうあんまり物を買う気が失せてます。

2017/12/07

さらば

本日、売却の契約を締結するので、僕の(正確には僕と僕の弟)所有権はなくなる。
家財道具すべてがなくなってしまうと、結構広い家であったことを再認識した。
この写真は、僕の勉強部屋、もう壁もモロモロで床もところどころ歩くと沈む。昭和34年に引っ越してきたときはもうピカピカでしたが。
左の方の窓はたんすが置かれていて窓があったことも忘れていたけれど、引っ越してきたころ、周りは田んぼだらけで、もう8時くらいになると、しーんとして真っ暗で子供心には怖いくらいだった。
たしか勉強を教えるのが好きだった父親と勉強していた時に、左の方の窓をたたく人がいて、恐る恐る??父親が明けてみたところ、若いお男が「追われているので助けてくれ」というようなことを言った。親父は断って「警察に行くように」と言ったような。
もう58年も昔の話なんで、時々、あれはホンマのことやったんかな??と思う昨今であります。